今の自分を変えたい。
もっと成長したい。
そう思っているのに、なぜか動けないことってありませんか?
「今日は疲れてるから」
「もう少し自信がついてから」
「失敗したら恥ずかしいし」
そうやって、もう少し安心できる場所にいたくなる。
人には「コンフォートゾーン」と呼ばれる、安心して過ごせる領域があります。
慣れた仕事。
慣れた人間関係。
いつもの生活。
失敗しない選択。
そこにいると安心できます。
でも、何かを変えたいと思ったとき。
成長は、その安心・安全のほんの少し外側にあります。
新しいことをするときは、怖くて当たり前です。
初めて人前で話す。
新しい仕事に挑戦する。
SNSで自分を発信する。
知らない人に会う。
誰かに自分の気持ちを伝える。
やったことがないから、
「変に思われたらどうしよう」
「失敗したらどうしよう」
「恥ずかしい」
と思います。
でも、この「恥ずかしい」という感情。
よく考えてみると、矢印が全部自分に向いていることがあります。
**私はどう見られる?
私は変に思われない?
私は失敗しない?**
ずっと「自分」が主語になっているんです。
そんなとき、私が大切だと思っているのが、
相手矢印。
自分がどう見られるかではなく、
「この人に何を渡せるだろう?」
と考えてみることです。
たとえば人前で話すのが恥ずかしいとき。
「私、うまく話せるかな」
ではなく、
「この話を聞いた一人が、少しでも楽になったらいいな」
と考えてみる。
SNSを発信するときも、
「こんな投稿したらどう思われるかな」
ではなく、
「これを必要としている誰かに届けばいい」
と考える。
すると、不思議と一歩動きやすくなります。
疲れが取れない。
何もしたくない。
ずっとベッドで寝ていたい。
そんな日もあります。
もちろん、本当に身体が疲れているなら休むことは必要です。
でも、休んでも休んでも気持ちが晴れないとき。
もしかすると、
「私しんどい」
「私疲れてる」
「私なんて」
と、矢印がずっと自分に向いていることもあります。
そんなとき私は、あえて少しだけ外に矢印を向けてみるのも一つだと思っています。
誰かにご飯を作る。
子どもを笑わせてみる。
友達に「元気?」と連絡してみる。
誰かが喜ぶことを一つしてみる。
大きなことじゃなくていい。
「今日、誰か一人をちょっと満たしてみよう」
そう考える。
自分のことばかり考えて動けなくなっていた頭が、少し外の世界に向き始めます。
新しいことを始めれば、失敗します。
恥ずかしい思いもします。
「あー、やらかした」
「私、何してるんやろ」
と思う日もあります。
それでもいい。
完璧になってから動くのではなく、
情けない自分のまま動いてみる。
格好悪い自分も連れて行く。
そうやって少しずつ、自分が安心できる領域を広げていく。
昨日まで怖かったことが、いつの間にか普通になっている。
それが成長なのだと思います。
自分がしんどいとき、
「笑顔になんてなれない」
と思うことがあります。
そんなとき、
「自分が元気になるために笑おう」
と思わなくてもいい。
目の前にいる人を安心させたい。
子どもに楽しい時間を過ごしてほしい。
この人に少し元気になってほしい。
そんなふうに、誰かのために笑ってみる。
その笑顔に、自分自身が後からついてくることもあります。
自分を満たしてからじゃないと、人を満たせない。
確かに、そういうときもあります。
でも反対に、
誰かを満たそうとしたことで、自分の心が満たされることもある。
私はそう思っています。
悩んでいるときほど、人は自分の頭の中に閉じこもります。
考えて、考えて、また同じところに戻ってくる。
そんなときは、
「私はどうしたらいい?」
だけではなく、
「私は誰に、何を届けたい?」
と考えてみてください。
矢印をほんの少し、自分の外へ向けてみる。
そして、安心できる場所から半歩だけ出てみる。
怖くてもいい。
恥ずかしくてもいい。
失敗してもいい。
成長するということは、別人になることではありません。
今まで怖かった場所にも、自分の足で立てるようになること。
もし今、
「変わりたいのに動けない」
「何が怖いのか自分でも分からない」
「ずっと同じことで悩んでいる」
そんな状態なら、一人で答えを探し続けなくても大丈夫です。
オンライン相談では、今の気持ちを一緒に言葉にしながら、
「本当はどうしたいのか」
「何が一歩を止めているのか」
を整理していきます。
いきなり大きく変わる必要はありません。
安心・安全な場所から、ほんの半歩外へ。
その小さな一歩から、人生は少しずつ動き始めます。